農業は環境破壊?

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 農業が始まる以前は、人は空腹を満たすために野山に狩りに行ったり、植物や木の実を探して食べていたんだろう。いつの頃からか少しだけ自然に手を加えて効率よく自分たちで食料を作るようになる。これが、原始的的ではあるけれども農業の始まりだったのかもしれない。少しずつ効率が重視されるようになり、現代の農業に近くなっていく。
 ごく最近になって、寒さをしのぐためにマルチやトンネルを使うようになり、予期せぬ冷害から作物を守り、季節をずらして収穫できる技術ができた。さらに技術が進み、加温設備を備えた温室で冬でも夏の作物が作れるようになる。これらはごく最近のことで、つい100年前までは使える資材は、敷き藁など自然のものに限られていたはずである。どんどんと効率化が進んできたが、自然の生態系の中で育つのと違い、病気や害虫が多発しやすい環境になる。そこで、耐病性に優れた品種が開発され、また、病気や害虫を防ぐために農薬の開発が進み、その使用が増えてきた。
 こういった技術は今でも開発され続けている。外気と完全に遮断された窓もない建物の中で植物に必要な要素である水や養分、光までも人工的に与えて最高の効率で作物を作る。これは工場といっていいかもしれない。できた野菜は食べる前に水洗いの必要すらないという。
 その一方でだいぶ前から先端技術を否定するような、自然回帰という動きもあるらしい。昔のような自然に近い形の農業をしようというのか。畑を耕さない農法(フコウキというらしい)、雑草もとらない農法、さらに自然回帰を望むというなら野山を駆け巡って採集生活か?いや、それではもはや農業とはいえないだろう。昔のやり方に戻れば環境を保全できるのかといえば、そうとは限らないようだ。焼き畑農業などは、山を焼いてそこに種を播き、土地が枯れれば別の土地でまた、山を焼くという。自然破壊そのものだろう。
 さて、自分はどんな技術で作られた農産物を買えばいいのか。どんな技術で農業をすればいいのか。少なくとも採集生活はいやだから、最先端の野菜工場と、自然に近い普通の畑の露地栽培の中間のどこか・・・  職業として農業をする以上、なるべくならば効率的な方がいいにきまっている。
 鉄骨温室で重油を燃やして加温して作ったトマトだって夏の露地栽培のトマトよりもおいしく作れる。それは環境に良くないのかもしれないが、それだって農業。

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